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  福島大学学長の3月25日付コメントの検討
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Koji Nagahata


archieves
 福島大学学長は在学生,入試合格者ならびに保護者の皆様に向けたコメントを3月25日にwebを通じて発表した.このコメントは,科学とは何か,風評とは何かを考えるにあたり,大変示唆的な文章であるので,ここで検討したい.
 このコメントの第4段落では,次のように述べられている.

 また,震災に加えて原発事故の影響により,福島大学では、現在自然放射能値より高い値が観測されていますが,3月15日以降明瞭に減衰しており,開校までにはさらに1/30 程度に減衰し,全く問題なく,安全に皆さまを迎えることができるものと考えております。

ここで,福島大学で観測される放射線量の値が3月15日以降減衰していると書かれているが,これは福島県発表の福島市において観測される放射線量のデータとも合致しており,妥当な記述であろう.
 続いて,「開校までにはさらに1/30程度に減衰」とあるが,この根拠は一体何であろうか.
 もし,現在観測される放射線の線源の大部分が環境中のヨウ素であり,基本的にはその影響を考えれば良いと仮定しているならば,次に示すようになるであろう.ヨウ素の半減期は8日であるので,ある日を基準としたt日後の放射線量の減衰量αは,α=(1/2)^(t/8)となる.ここで,大学の公式ページで告知されているとおり4月23日(土)までの休講が決まっていることから,開校は次の月曜(4月25日)であると考えられるので,t=32(日)となる.この値を代入すると,α=(1/2)^4=1/16となる.このように,このような仮定では,学長のいうところの減衰量は得られない.
 そこで,別の仮定を考えてみる.福島市で最大放射線量を観測した後最初の午前0時である3/16の午前0時を起点として,24時間ごとの福島市で観測された放射線量をプロットすると,図1のようになる.この図をみるわかるとおり,観測された放射線量は理論どおり指数関数的に減少しており,3/16からの日数をx,観測された放射線量をyとすれば,y=17.873*e^(-0.152x)でよく近似される.そこで,この近似式を用いて,3月25日(9日目)と4月25日(40日目)の放射線量の比をとると0.008987となり,1/30(≒0.03333)の1/3以下となる.したがって,この仮定も違っているようだ.


図1:3/16以降の福島市で0:00に観測された放射線量の測定値

 このように,放射線に関しての素人(である私)が単純に思いつく仮定からは,「さらに放射線量が1/30に減少する」という結論は得られない.おそらく,何か高尚な仮定をすることで,1/30程度という数値にたどり着いたのであろうが(そうであることを願う),どのような仮定であるのか,そしてその仮定の妥当性の根拠は何であるのか示されなければ,その正しさは検証できない.そのような,何を根拠とするのかわからない数字を,公式のコメントとして出すことこそが,風評の源泉となっているのではないか.
 学長コメントでは,さらに続けて「全く問題なく,安全に皆さまを迎えることができるものと考えております」とあるが,何を根拠に,「問題ない」,あるいは,「安全」と言えるのであろうか.例えば,国際原子力機関(IAEA)による福島原子力発電所の最新情報によれば,本稿を最終的に手直ししている3月28日現在,「福島第一原子力発電所の状況は依然としてとても深刻である(The situation at the Fukushima Daiichi plant remains very serious)」とされている.このように国際的に判断されている状況に対し,「問題ない」あるいは「安全」というのであれば,その根拠を示す必要があろう.根拠もないのに,「問題ない」あるいは「安全」というのは,無責任にも程がある.
 続く第5段落は,次のとおりである.

 大学は学問の府であり、科学の砦です。非科学的な憶測や風評に惑わされることなく、学生のみなさんの安全と安心を確保しつつ、教育・研究の環境を整えて皆さんをお迎えしたいと思います。

 ここで,「非科学的な憶測」を批判しているが,先に述べたとおり,根拠を示すことなく怪しげな数値を提示したり,「問題ない」あるいは「安全」と主張することそのものが,「非科学的な憶測」なのではないか.そして,公的機関の代表が,そのような非科学的なコメントを出すことが,風評の源泉の1つではなかろうか.これらのことについて自覚的にコメントを発表したのであろうか.大きな疑問が残る.
 さらに言えば,今回の原発事故においては,「科学」の名の下に「安全である」と主張されてきた原子力発電所が大事故を起しているという事実を,一体どのように考えているのであろうか.一部報道によれば,今回のような大津波が発生することが予期され,指摘されていたにも関わらず,東京電力はそれを無視したとのことである.考えられる限り最大限の危険性(例えば,第一原発は重大な状況であるという指摘)を考慮せずに,一部の都合のよい事実(放射線量が減少しているという事実)にのみ基づいて福島大学は「安全」だと述べているのであれば,東京電力が犯した過ちと構造的には同一ではな いか(もっとも,学長が,東京電力ように都合の悪いことはありえないこととして割り切ってことを進め,万が一の時には「想定外」と言い訳するというやり方こそが「科学」の望ましいあり方であると考えているのであれば,今回のコメントは「科学の砦」の長たるもののコメントとしてふさわしいものであると言えるだろう.).
 真に「学生のみなさんの安全と安心を確保」するためには,このような風評の源泉にしかなり得ないようなコメントを発表するのではなく,まずは,データを具体的に示しながら,最善のシナリオから最悪のシナリオまで,予測される事態の幅を示すことが必要であろう.その上で,環境問題を考える際の大原則である,予防原則に従った行動をとるというのが,不確定な状況下における正しいトップの判断ではなかろうか.

(2011/3/28)




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